はじめに
配管内赤錆防止装置NMRパイプテクター®は日本だけではなく、世界の様々な重要施設で採用されています。
世界の著名な建造物への導入事例として、今回はイギリスの「マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドン」にNMRパイプテクター®が導入された事例をご紹介します。
マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドン
マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンはイギリスでも格調高い5つ星ホテルです。
ロンドンの王立公園の一つであるハイドパークに面しており、バッキンガム宮殿から非常に近い場所に位置しています。
豪華絢爛な装飾が施された部屋を多数有するマンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンの建物は、もともと会員制紳士クラブのために建築されたものです。
1889年に竣工しましたが、計画自体はその数年前より進められていました。
建設にあたって数々の反対にあい、完成が遅れたのです。
一番の理由は、100フィート(約30メートル)というその高さにありました。
マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンは、計画ではその当時のロンドンで最も高い建物となる予定で、日照権などを主張する反対者達はハイドパークに背の高いバリケードを形成し、建設現場に日が入らないよう妨害工作をするなどしました。
そればかりではなく、反対者達は建物の高さ制限を100フィートから60フィート(約18メートル)にするよう議会へ法案を提出しました。
幸い、その法案は受理される事なく、もとの設計通りに建設は行われました。
そして冒頭でお話し致しました通り1889年に竣工し、会員制紳士クラブとしてオープンしたのです。
マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドン襲った火災
ところが竣工から10年後の1899年、悲運が襲います。
なんと大火災が発生してしまったのです。
建物の西側に深刻なダメージを受け、最上階の天井全体も焼けて落ちてしまいました。
火事による被害は甚大で補修に数年を要しましたが、リノベーション工事なども行われ、1902年に会員制紳士クラブはハイドパーク・ホテルとして再出発を切ります。
ホテルとしての再開を期に、もともとハイドパーク側にあったエントランスはその反対のナイトブリッジ側に設けられました。
ハイドパーク側の入り口は、現在まで、イギリス王室に加えて日本の皇室をはじめとする限られた国賓にのみ開かれる特別なエントランスとなっています。
そして2000年にハイドパーク・ホテルはマンダリン・オリエンタル・ホテルグループに買収され、現在の名称であるマンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンへと変わりました。
ここまで、マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンの沿革について簡単にご紹介させて頂きました。
次回は、赤錆問題に悩まされていた当時の様子や、NMRパイプテクター®の導入によってそういった状況がどれくらい改善したのか、具体的な数値とともに見ていきます。